イベント業界の課題トップ5とは?人手不足・コスト高騰・安全管理・DX・サステナ対応を整理
はじめに
イベント業界の市場規模はコロナ禍からの回復を遂げつつありますが、現場では成長を阻む構造的な課題が山積しています。人手不足、コスト高騰、安全管理、DX推進の遅れ、サステナビリティ対応という5つの課題を放置すると、利益率の悪化や事故リスクの増大、国際競争力の低下といった深刻な事態を招きかねません。
これらの課題は単独で存在するのではなく、互いに影響し合いながら業界全体の足かせとなっています。本記事では、イベント業界の課題トップ5について、現場の実態や具体的な数値をもとに整理し、対応の方向性まで紹介します。
イベント業界の現状と背景
市場回復の実態と構造変化
イベント関連産業の市場規模は、コロナ禍で急減した2020年以降、V字回復を見せています。日本イベント産業振興協会(JACE)の推計では、2023年に2兆6,337億円(前年比126.6%)へ達し、2019年の水準とほぼ同等に戻りました。2024年にはリアルイベントへの回帰に加え、大阪・関西万博関連の売上やオンラインイベントによる参加者層の拡大が重なり、2019年比で約1.1倍となる2兆8,535億円(前年比108.3%)へと成長しています(参照*1)。
ライブ・エンターテインメント分野でも回復傾向は明確です。90社を対象とした集計では、総公演数が15,250本(前年上半期比94.7%)とやや減少した一方で、総動員数は2,797万2,561人(同102.5%)、総売上高は2,939億4,525万円(同103.5%)といずれも前年を上回りました(参照*2)。
インバウンドの追い風も見逃せません。観光庁によると、2024年の訪日外国人旅行者数は3,687万人で2019年の約3,188万人を超え過去最高を更新し、旅行消費額は8兆1,257億円と2019年比で約68.8%増に達しました(参照*3)。
公演数が減っても動員数と売上が伸びている状況は、1公演あたりの規模拡大や単価上昇が進んでいることを示唆しています。市場が量的回復から質的変化へ移行するなかで、業界構造そのものが変わりつつあるといえます。
成長を阻む5つの課題の相関
市場が回復しても、現場の利益体質が改善しているとは限りません。イベント業界の課題トップ5として挙げられるのが、人手不足、コスト高騰、安全管理の高度化、DX推進の遅れ、サステナビリティ対応です。これらは独立した問題ではなく、複雑に連鎖しています。
たとえば人手不足は人件費の上昇を招き、それがコスト高騰を加速させます。安全管理を強化しようとしても、警備人材の確保が困難なためコストが膨らみやすい構造があります。DXの遅れは業務効率を下げたまま人手への依存を続けることにつながり、サステナビリティ対応はサプライチェーン全体にコスト負担を波及させます。
以下では、5つの課題が現場をどのように圧迫しているかを、1つずつ整理します。
課題1:深刻化する人手不足
労働環境と人材流出の構造
イベント業界は、長時間労働や休日勤務の多さ、他業界と比べて低い給与水準といった労働環境の問題から、慢性的な人材不足に直面しています。設営・撤収を担う若手人材の確保は年々困難になっており、これが成長の足かせとなっています(参照*1)。
イベントの安全を支える警備分野でも、年齢構成の偏りは深刻です。警察庁「令和6年における警備業の概況」によると、30歳未満が約10.4%である一方、60歳以上が合計47.0%を占めています。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2023年調査、2024年公表)では、警備員の平均年齢は51.6歳、所定内実労働時間数は月169時間、毎月の現金給与額は27万9,800円でした(参照*3)。
月27万円台という給与水準と高齢化率の高さは、若年層にとって魅力ある待遇とはいえない状況を映し出しています。隣接する業界でも同様の構造が見られ、異業種への人材流出が現場の負担をさらに重くしています。
属人化がもたらす運営リスク
人手不足は単に「人が足りない」という問題にとどまりません。特定の経験者に業務が集中する属人化が進むと、その担当者が離脱した瞬間に運営が立ち行かなくなるリスクを抱えます。
関連する事例として、結婚式場を運営する企業では35%以上が赤字という状況が報告されています。「減益」まで含めると約6割が業績悪化に直面しており、事業としての収益性が揺らいでいます(参照*4)。業績悪化が進めば人件費の抑制に向かい、さらに人材が流出するという負の連鎖が起きやすくなります。
ノウハウが個人に閉じたままでは、イベントの品質を組織として維持できません。属人化を解消するには、業務手順の標準化やナレッジの共有が欠かせませんが、現場に余裕がないために着手できないという問題があります。
課題2:コスト高騰と収益圧迫
人件費・資材費・会場費の三重苦
イベント制作の原価を押し上げる要因は、人件費・資材費・会場費の3つに集約されます。建設業界や物流業界とも連動し、設営・撤去に関わる人件費や、木材・金属といった資材費が高騰しています。これがイベント制作の原価を直接的に押し上げ、利益を圧迫する大きな要因の1つです(参照*1)。
警備分野では、人件費上昇と人手不足を背景に時間単価や日額単価の引き上げ要請が強まっています。最低賃金の上昇や社会保険加入の徹底に伴うコスト増を、どこまで価格に転嫁できるかが収益性に大きく影響する状況です(参照*3)。飲食の領域でも、従業員の時給や食材費の高騰により厳しい経営状況が続いています(参照*5)。
設営も警備もケータリングも、イベントを構成するあらゆる要素でコストが上がっている点が、この課題の深刻さを物語っています。
価格転嫁の難しさと利益率低下
上がったコストをチケット代や出展料として回収したいところですが、現実はそう簡単ではありません。結婚式場の事例では、人件費・食材費・光熱費などのコストが上がるなか、値上げをすれば契約率が下がるおそれがあるため、多くの式場が十分な価格転嫁を行えず、利益率の悪化が常態化しています。これが倒産増加の大きな要因の1つとして指摘されています(参照*4)。
警備分野でも、発注側のコスト抑制意識が根強く、単価引き上げと契約維持のバランスが経営上の重要課題となっています。交通誘導警備など競争が激しい分野ほど、値上げ交渉のハードルが高い傾向にあります(参照*3)。
コストは確実に上がっているのに、売値は据え置きを求められる。この板挟みは業界全体の体力を削り、中小規模の事業者ほど深刻な打撃を受けやすい構造になっています。
課題3:安全管理の高度化
法規制と主催者責任の重さ
大規模な集客を伴うイベントでは、消防法や建築基準法、雑踏警備に関する条例など、厳格な安全基準への適合が求められます。事故が発生した場合の主催者の安全配慮義務は極めて重く、リスク管理体制の構築が不可欠です(参照*1)。
現場で起こりうるトラブルは多岐にわたります。軽微なものから安全に関わる緊急事態まで、レベルに応じた対応方法を事前に定めておくことが推奨されています。具体的には、軽微で運営に影響のないレベル1、中程度で一部プログラムに影響のあるレベル2、重大でイベント全体に影響を及ぼすレベル3、緊急で安全に関わる事態であるレベル4に分類し、それぞれの対応方法を決めておくとよいでしょう(参照*6)。
法的な責任の重さと現場で起こりうるトラブルの幅を考えると、安全管理は「やれる範囲でやる」のではなく、体系的に設計しなければならない領域です。
警備人材の不足とコスト増
安全管理の高度化を進めたくても、それを支える警備人材の確保は容易ではありません。警備業法第4条に基づく認定業者数は、2024年12月末時点で1万811社となり前年から137社(1.3%)増加しました。しかし、警備員数は58万7,848人で前年から2,980人(0.5%)の微増にとどまっています(参照*3)。
事業規模別に見ると、警備員数100人未満の業者が9,753社で全体の90.2%を占め、営業所が1拠点のみの事業者も84.5%に上ります。小規模・単独拠点の業者が圧倒的多数という構造のなかで、大規模イベントに必要な人数を一度に確保するのは簡単ではありません(参照*3)。
業界構造として人員が分散しているため、イベント主催者は複数の警備会社を束ねて調整する手間とコストを負担することになります。安全を高めたいのに、そのための人もお金も足りないという矛盾が、現場の大きな悩みどころです。
課題4:DX推進の遅れ
紙文化と業務の非効率
データ活用とROI可視化の壁
DXが進まないもう1つの要因は、データを活用して投資対効果(ROI)を可視化する仕組みが十分に整っていない点にあります。イベントの価値は、開催当日だけの「点」の成功から、前後を通じて顧客との関係を維持する「線」のコミュニティ運営、さらに行動データを分析・活用して新たな価値を提供する「面」のデータ活用へと移行しつつあります(参照*1)。
経済産業省の調査では、プロジェクト管理を導入した組織において工数を30%削減し、イベントROIを25〜34%改善できたという結果が明らかになっています(参照*6)。
数字で効果を示せれば、経営層や出展者への説得力は格段に上がります。しかし多くの現場では、データを蓄積する土台づくり自体がまだ途上にあり、効果検証に至る前の段階で足踏みしているのが現状です。
課題5:サステナビリティ対応
国際認証と環境配慮の標準化
サステナビリティへの対応は、もはや先進的な取り組みではなく、イベント開催の標準仕様になりつつあります。ISO 20121のようなサステナブル・イベントに関する国際認証の取得が、企業の信頼性を示す指標として存在感を増しています(参照*8)。
国内でも、観光庁は都市に対するサステナビリティの評価指標や認証制度について調査を実施し、MICE推進都市のサステナビリティへの取り組みを促進することで国際MICEの誘致競争力の向上を図っています(参照*7)。大阪・関西万博でも「EXPO2025グリーンビジョン」に基づき脱炭素ワーキンググループを設置し、会期中の電源構成やカーボンフットプリントの算定・対策について検討を進めています(参照*9)。
国際認証の取得や万博レベルの環境対策は大規模な組織に限った話ではなく、その基準が業界全体の「当たり前」として波及していく流れにあります。
サプライチェーン全体への要請
サステナビリティ対応は、主催者単独の努力では完結しません。環境省は、主催者または運営者が調達するすべての物品に関わる環境配慮について責任を負うとしています。さらにサプライヤーに対してガイドラインの遵守を求め、その適合状況を契約ごとに確認する仕組みを定めています(参照*10)。
主催者が環境配慮を掲げても、下請け先が対応できていなければ実効性は担保できません。契約単位での適合確認という運用は、中小の協力会社にとって対応負担が大きく、業界全体の底上げがなければ形だけの取り組みに終わるリスクがあります。サプライチェーン全体にどう基準を浸透させるかが、今後の最大の実務課題といえます。
課題への対応と今後の方向性
AI・テクノロジーによる解決策
イベント業界の課題トップ5に対して、AIやテクノロジーの活用は有力な打開策の1つです。AIは企画、集客、運営、分析といったバリューチェーンの全工程を革新し、業界の生産性とコスト構造を根本から変える可能性を持っています。従来の労働集約的な運営モデルは、人件費・資材費の高騰と深刻な人材不足により限界を迎えつつあります(参照*1)。
具体的な事例として、AI需要予測では過去の販売データ、天候、曜日、周辺の人流統計、SNS上のトレンドなどを統合的に分析し、高精度な予測値を算出する取り組みが進んでいます。携帯電話の基地局から得られる匿名化された人流統計データと気象データを組み合わせることで、平均90%以上の客数予測精度を実現しているケースもあります(参照*8)。
需要予測の精度が上がれば、食品ロスの削減にも直結し、サステナビリティ対応とコスト削減を同時に進められる可能性があります。テクノロジーを課題横断で活用する視点が、今後の現場運営のカギを握ります。
業界が目指すべきビジネスモデル
課題への対応を個別に進めるだけでは、根本的な解決にはつながりにくい面があります。組織の枠を超えた連携がその突破口になりえます。高松では、MICE推進に取り組むコンベンションビューローが施設間で年4回の定例会を実施し、持続可能な取り組みをテーマに発表し合うことで、できることから着手する検討の場を設けています(参照*7)。
単独の組織では環境や社会に関する指標の改善は難しくても、行政や関連施設との連携を通じて実効性のある取り組みに発展させた事例です。イベント業界においても、主催者・会場・サプライヤーが課題を共有し、改善策を共同で模索する枠組みの構築が求められています。
労働集約型から、データとテクノロジーを軸に据えた運営モデルへの転換は、人手不足とコスト高騰の両方に対処する道筋となります。ただし、その転換は一夜にして実現するものではなく、現場の試行錯誤を積み重ねながら段階的に進めていくほかありません。
おわりに
イベント業界の課題トップ5として取り上げた人手不足、コスト高騰、安全管理の高度化、DX推進の遅れ、サステナビリティ対応は、いずれも構造的な問題であり、短期間で解消できるものではありません。しかし、それぞれの課題が連鎖している構造を理解すれば、1つの取り組みが複数の課題に効く打ち手を見つけやすくなります。
市場が回復基調にある今だからこそ、目の前の繁忙に追われるだけでなく、中長期の視点で業務のあり方を見直す時間を確保することが、これからの競争力を左右する分かれ道になるはずです。
参照
(*1) 戦略家になろう! – イベント業界の戦略(市場リサーチ・競合企業調査)
(*2) ACPC基礎調査 2025年上半期のライブ市場調査データ
(*3) 警備業界のM&Aと事業承継の動向・2025年最新|日本M&Aセンター
(*4) 住まキャリ転職コラム – ブライダル業界の倒産と転職事情|従事者のキャリア戦略と注意点
(*5) 食団連 新潟県支部|一般社団法人日本飲食団体連合会 – 食団連 新潟県支部|一般社団法人日本飲食団体連合会
(*7) MICEにおけるサステナビリティ 評価制度の調査事業
(*8) 株式会社テックシンカー – イベント開催における食品ロス削減策
(*9) EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト – 脱炭素ワーキンググループ
(*10) イベントガイドライン
