ライブ後のファンとの関係をどう設計するか?継続的なエンゲージメント戦略
はじめに
ライブが終わった直後は、ファンの熱量が最高潮に達します。しかし、その熱をどう受け止め、次の体験へつなげるかを設計できている現場は多くありません。
本稿では、ライブ後のファンとの接点をどのように組み立て、エンゲージメントを途切れさせずに育てていくか、そのポイントを現場の事例やデータをもとに紹介していきます。
ライブ後にファンの熱量が冷める背景と課題
一過性の消費で終わるタイアップ施策の構造的問題
ライブ後にファンとの関係が切れてしまう背景には、施策の設計そのものが一過性である問題があります。IPやタレントとのタイアップ施策では、一時的な消費喚起が見込めるものの、施策途中や終了後に盛り上がりや売り上げが縮小し、ファンとの関係性が途切れるといった課題が想定されています(参照*1)。つまり、施策の開始時にピークを迎え、終了後は何も残らないという構造です。
ライブ興行でも、来場者データの分散が関係継続を難しくしてきました。これまでチケットの発売元や公演ごとに来場者データが分散していたため、ファンとの関係を施策終了後まで追いかけること自体が難しい状況がありました(参照*2)。データが散らばった状態では、ライブ後に誰がどんな体験を経て離れていくのかを把握できません。施策の終了がそのまま関係の終了になっていないか、運営体制を点検する必要があります。
ファン心理を理解しないまま施策を打つリスク
施策がファンの気持ちとかみ合っていないと、熱量をつなぐどころか逆効果になることもあります。ファン心理を十分に理解せずに施策を実施した結果、期待とは異なる反応を招くケースが見受けられます(参照*1)。たとえば、ライブ直後のファンが求めているのは余韻を味わう時間なのか、新しい情報なのか、グッズ購入の機会なのか。その見極めを誤ると、施策そのものがファン離れの引き金になります。
企業の競争力が製品そのものだけでなく、顧客体験やエコシステムの強さへと移りつつあるという指摘もあります(参照*3)。これはBtoB領域の話ですが、ファンとの関係づくりでも同様の視点が求められます。ライブのチケットやグッズという「モノ」だけでなく、その前後に生まれる体験全体をどう設計するかが問われているのです。施策がファン心理のどの部分に働きかけているのかを言語化する作業が、最初の一歩になります。
ファンエンゲージメントの定義と全体像
エンゲージメントが意味する「関与」と「愛着」の関係
ここでのエンゲージメントとは、ファンがアーティストやコンテンツに対して能動的に関わり続けている状態を指します。エンゲージメントという言葉は、しばしば「つながり」と訳されますが、ファンの文脈ではもう少し立体的にとらえる必要があります。単なる認知やリーチの広さとは異なり、ファンダムの熱量やエンゲージメントも含む総合的な評価が求められるようになっています(参照*1)。
つまり、「知っている」だけでは関与にはならず、自ら情報を探し、語り、行動する段階に至って初めてエンゲージメントが生まれます。エンタメやスポーツ、文化などのイベント事業においては、データの活用や顧客エンゲージメント向上など多くの課題が山積しているとされます(参照*4)。関与の深さと愛着の強さをどう測り、どう育てるか。この2つの軸を分けて考えることが、施策を組み立てる出発点になります。
ライブ前・中・後を貫くエンゲージメント設計の全体フレーム
エンゲージメントはライブ前・中・後を一本の線としてつなぐ設計が求められています。ライブ前の期待感、当日の没入感、そしてライブ後の余韻と再来場への意欲。この3つのフェーズを一本の線としてつなぐ設計が必要です。あるサービスでは、アーティストとファン、そしてファン同士がライブの熱量を共有し、関係を深めながらライブ体験を豊かにする場を提供しており、サービス開始から1年で37組のアーティストが利用し、開設チャンネル数は92にまで拡大しました(参照*2)。
この事例が示すのは、ライブ前後を含めた交流の場をあらかじめ用意しておくことで、ファンのエンゲージメントがライブ当日を超えて持続するという流れです。運営で、ライブ前・中・後のどのフェーズに接点が足りていないのかを洗い出し、優先度をつけて施策を配置する。全体フレームをまず描くことで、個々の施策が線としてつながっていきます。
ライブ後エンゲージメントを高める施策の種類と手順
クローズドコミュニティによる余韻の共有
ライブ後のファンが求めるのは、体験を誰かと分かち合える場です。しかし、オープンなSNSでは雑音が多く、同じ体験をした人だけの安心感ある空間が生まれにくいという声もあります。たとえば、コミュニケーションサービスKLEWは、来場者限定の投稿や、ライブ前後を含めた交流を通して、SNSとは異なる親密で心地よいクローズドなコミュニケーションを実現しています(参照*5)。
クローズドな環境だからこそ、ファンは本音で感想を語り、次の公演への期待を自然に高めていきます。こうしたコミュニティの設計では、「誰を入れるか」と「いつ開くか」の2点が運営のポイントになります。ライブ終演直後にチャンネルを開放し、感想が最も溢れるタイミングを逃さない。このスピード感が、余韻をエンゲージメントへ変える第一の手順です。
ファンクラブ・公式アプリを活用した継続接点の設計
ファンクラブや公式アプリは、日常の接点を担う仕組みです。アイドルグループ超ときめき♡宣伝部の公式アプリでは、ライブ・イベント、リリース、ニュースなどの情報をアプリひとつでチェックでき、プッシュ通知でタイムリーに届ける機能を備えています。さらに公式ファンクラブの会員は、アプリ内で会員特典や会員限定のオリジナルコンテンツを閲覧できます(参照*6)。
またファンクラブプラットフォームのFan+Kitでは、ニュースやライブ・メディア情報の配信に加え、会員限定コンテンツとしてブログやムービーなど、ファンクラブならではのコンテンツを提供できる仕組みが用意されています(参照*7)。ライブ後の熱が残っているうちにアプリやファンクラブへの導線を明確にし、限定コンテンツという「次に見たいもの」を配置しておく。この流れを設計段階であらかじめ組み込むことが、継続接点の基本になります。
会員ロイヤリティプログラムと限定特典の段階設計
ファンのエンゲージメントを中長期で育てるには、「関わるほど特別な体験が増える」という段階設計が有効です。たとえば海外のライブ興行では、公式ファンクラブ加入者に先行販売や会員限定コンテンツを付与し、さらに来場回数の多い層には割引や座席アップグレードなどの上位特典を設ける例があります(参照*8)。
重要なのは、最初から高額特典を並べることではなく、
・無料または低負担の登録でお礼配信・アーカイブ・次回告知を届ける
・継続参加者には先行申込や限定映像、会員限定アンケートを開放する
・高関与層には優先入場や限定席など希少性の高い体験を付与する、
というステップつくることです。また、若年層を中心に、オンラインで見つけた興味関心をリアルな場で深めたいニーズも強く、段階設計は「参加後の熱量」を次回参加へつなぐ受け皿にもなります。イベント研究でも、参加者同士のつながりや共同体感覚は再来場意向を高めるとされており、特典は単なる景品ではなく、関わり続ける理由を可視化する装置として設計することが重要です(参照*9)。
データとテクノロジーで可視化するファンエンゲージメント
来場者データの一元管理とレポート還元
ライブ後のエンゲージメントを高めるためには、ファンの行動を「見える形」にする必要があります。KLEWでは、各公演の性別・年代・都道府県分布をはじめ、ツアー内でのリピート回数や前回ツアーからの再来場率なども把握できるようになっています。さらに、チャンネルでのコミュニケーション内容も踏まえ、数字と感情の両面からライブに来るファンのことを知ることができます(参照*2)。
こうしたレポートをアーティスト側やプロモーション担当に還元することで、次のツアーやライブ後施策の設計材料が蓄積されていきます。リピート率や再来場率を「前回との比較」で定点観測し、施策の効果を検証する運用フローを組んでおくことが具体的な一歩です。
AIによるファンインサイト分析と循環型マーケティング
データの蓄積が進むと、次に求められるのはその解読です。たとえば、電通は独自開発されたファンダム解析モデル「ファンダム欲求曼荼羅」を基に、SNSや動画配信サービスにおける公開コメントなどのデータをプライバシーに配慮してAIが解析し、ファンの推しに対する感情や行動の背景をスピーディに明らかにする取り組みを進めています(参照*1)。
AIが抽出したインサイトをもとにライブ後の施策を調整し、その結果を再びデータとして取り込む。この循環を回すことで、ファンのエンゲージメントが施策ごとに更新され続ける仕組みが形になります。
プラットフォームの比較と選び方
チケット連動型サービスとファンクラブ型サービスの違い
ライブ後のエンゲージメント施策では、プラットフォーム選びが運営にとって大きな分岐点になります。大きく分けると、チケット購入と連動してコミュニティが開くタイプと、ファンクラブを軸に継続的な会員基盤を築くタイプの2つがあります。
すでに紹介しているKLEWは前者の代表的な仕組みであり、対象ライブのチケット保有者のみをシステム上で認証し、認証されたユーザーだけが投稿・閲覧できる専用チャンネルを開放するサービスです(参照*5)。一方、ファンクラブ型では、株式会社SUKIYAKIがファンクラブのプラットフォームを通して、世界中のクリエイターとファンをつなぐファンクラブプラットフォームの開発・提供を行うサービスが展開されています(参照*6)。チケット連動型はライブ体験と直結した一時的な高密度のやり取りに強く、ファンクラブ型は日常の接点を通じた長期関係の構築に向いています。優先したいのは「瞬間の深さ」なのか「関係の長さ」なのかを明確にし、選定の軸を据えることが最初の判断です。
規模・目的別に見る導入判断の基準
プラットフォーム選びでは、規模と費用のバランスも見逃せません。ファンクラブプラットフォームには、設定後の会費の変更はできないという条件が設けられているものもあります。つまり、最初の価格設定がそのまま会員の定着率やコンテンツの充実度に影響するため、慎重な試算が必要です(参照*10)。
小規模なアーティストであれば、まずチケット連動型で公演ごとにファンの反応を確かめ、手応えを得てからファンクラブ型に拡張するという段階的な進め方も考えられます。逆に、すでに一定の会員基盤がある場合は、ファンクラブ型の中で限定コンテンツの種類や特典の階層をどう組むかが焦点になります。導入前に「年間で何回の接点を持ちたいか」「ファン1人あたりの月間接触頻度はどの程度か」を数値で洗い出しておくと、選定の精度が上がります(参照*10)。
ライブ後エンゲージメント施策の注意点
熱量の押し売りがファン離れを招くケース
ライブ後のファンに向けた働きかけは、量やタイミングを誤るとファンが距離を置く原因になります。ファン心理を十分に理解せずに施策を実施した結果、期待とは異なる反応を招くケースが実際に見受けられます(参照*1)。たとえば、ライブ直後に大量のプッシュ通知やグッズ購入の案内を送りつけることは、ファンにとって余韻を壊す体験になりかねません。
サブスクリプション型ビジネスでは、契約を獲得すること以上に、顧客が継続的に成果を出し続けることが重要だという考え方があります。製品を導入しただけでは価値は生まれず、顧客がどれだけ活用できるかが売上の継続や拡大を左右するからです(参照*3)。ファンとの関係でも、接点を増やすこと自体が目的になっていないかを立ち止まって確認する必要があります。ファンが自発的に動きたくなるタイミングと頻度を観察し、施策の間隔と量を調整する運用が求められます。
KPI設計の落とし穴と継続的な目標再設定の重要性
エンゲージメント施策の重要業績評価指標(KPI)を設定する際、多くの現場が直面するのが「間接貢献の壁」です。かつてはコミュニティに参加しているユーザーの契約継続率や商談化率、売上増加率などをもってコミュニティの価値を経営層に示していたものの、これらの成果はどこまでいっても間接貢献であり、本質的な価値が伝わらないもどかしさがあったといいます(参照*11)。
この課題に対し、会社の戦略イシューにアラインする形でコミュニティ運営の目標を定め、その結果で判断するフローへと切り替えた事例もあります。事業責任者や経営層と都度握ることで、コミュニティの貢献が具体的な戦略課題の解決として認識されるようになりました(参照*11)。ライブ後のエンゲージメント施策でも、最初に決めたKPIをそのまま使い続けるのではなく、事業全体の優先課題が変わるたびに目標を再設定する運用フローを組み込むことが、施策を形骸化させないための対策になります。
おわりに
ライブ後のファンとの関係づくりは、余韻の受け皿を用意するところから始まり、データの蓄積、段階的な特典設計、KPIの再設定へとつながる一連のプロセスです。どこか一つの施策だけで完結するものではありません。
まずは現場で「ライブ後に何が起きているか」を可視化し、ファンが自ら動きたくなる接点をひとつずつ設計していく。その積み重ねが、エンゲージメントを一過性の熱狂から持続的な関係へと変えていきます。
参照
(*1) 電通ウェブサイト – 電通、推し活ファン層の行動欲求をAIで分析するリサーチツール「ファンAI リサーチ 推し活」の本格運用を開始 – News(ニュース) – 電通ウェブサイト
(*3) Commune(コミューン)|コミュニティプラットフォーム – BtoBコミュニティ成功事例「6つの型」。事例から読み解く戦略モデル | Commune(コミューン)|コミュニティプラットフォーム
(*4) https://www.fujitsu.com/jp/documents/solutions/industry/media/entertainment/wp-202402/wp-202402.pdf
(*6) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – 6人組アイドルユニット・超ときめき♡宣伝部の公式アプリをリリース! | 株式会社SKIYAKIのプレスリリース
(*7) Fan+Kit – Fan+Kit|ファンクラブプラットフォーム|株式会社Fanplus
(*8) Ticketmaster Help – Where do I get a presale or offer code? – Ticketmaster Help
(*9) Temporary communitas and willingness to return to events – ScienceDirect
(*11) MarkeZine – Sansanのコミュニティ戦略には共創のヒントが詰まっていた LTV最大化からイノベーションの創出へ (2/3):MarkeZine(マーケジン)
